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Hinako shibuno

Golf

笑顔と闘争心と

ゴルフ 渋野日向子

「プレーオフにはしたくない。バーディーか、ボギーか」
 2019年8月のAIG全英女子オープン最終日。渋野日向子はリゼット・サラス(米国)と首位に並び、 18番ホールのグリーンにいた。残すは下りの5メートルのバーディーパット。 「壁ドン」と呼ぶ強気のパットがカップに沈むと、笑顔を輝かせ、左手のパターを突き上げた。

怖いものはない

©BEN STANSALL / AFP

 渋野は全英オープンで日本勢として42年ぶりにメジャーを制覇した。
 「怖いものはない」
 攻めのゴルフを貫いた。2打を追いかける12番(パー4)では、 池を恐れずドライバーで果敢に1オンを狙い、グリーン右に乗せてバーディーを奪った。
 大胆なプレーの一方で駄菓子をほおばり、観客とはハイタッチ。 振る舞いは、緊迫の舞台で異彩を放った。
 「自分が心の底から楽しんでやらないと、周りも楽しくない」
 ギャラリーのハートをつかむ笑顔を見せながら語る渋野は、 「スマイリング・シンデレラ」と呼ばれるようになった。

手が動かない

 「1週間で人生が変わった。帰ってきたら芸能人(のよう)だった」
 帰国した渋野を待っていたのは「シブコ(渋野の愛称)・フィーバー」だった。
ファンに取り囲まれるため、息抜きだった外食も個室の店に限られた。
 青木翔コーチは「急に環境が変わり、ストレスになっている部分はあると思う」と心配した。
 2年前、プロテストを落ち苦しんでいた時代から渋野を指導してきた。応援を力に変えられるのが渋野の強みだが、 周囲の期待に応えようとしすぎればマイナスに働く――。胸騒ぎは現実になった。
 帰国2戦目の「NEC軽井沢72」(長野県軽井沢町)は、最終ホールでまさかの3パット。 期待が重圧となり、メジャーで貫いた伸びやかさが押しつぶされた。
 「手が動かなかった。ただただ情けない」
 消え入るような声だった。岡山から応援に駆けつけた母の伸子さんに肩をたたかれると、涙があふれて言葉が出なかった。
 「初めて優勝を意識したと思う。これまで何勝かしたけど、どれも勝ちを意識したものではない。 優勝を意識してどうなるかが、これからの課題だ」
 青木コーチはこう分析した。渋野は分岐点に立っていた。

仲間への思い

 9月の「デサント東海クラシック」は、最終日8打差からの大逆転でツアー3勝目。シーズンの獲得賞金は目標の1億円を突破した。 立ち直ったように見えたが、師弟が求めていた勝ち方ではなかった。
 「いつも以上に気合十分」で臨んだ10月の日本女子オープン選手権(津市)。米ツアーを主戦場に活躍する同世代のライバル、畑岡奈紗に独走を許した。 渋野は「レベルの差を感じた」とうなるしかなかった。
 もやもやした気持ちのまま、10月末には米ツアー「スウィンギングスカート台湾選手権」(台湾新北市)に出場した。結果は首位と15打差の39位。 「残りの試合をエースキャディーと勝ってこい」。最終日の夜の食事会で、青木コーチは渋野にこうハッパを掛けた。
 渋野は2018年のツアー予選会から、キャディーの定由早織さんと苦楽をともにしてきた。 だが、これまでの4勝はたまたま違うキャディーと組んだ試合で、定由さんとはまだ勝ったことがない。
 軽井沢で3パットし、優勝を逃した時のキャディーも定由さんだった。渋野はそのことをずっと気にしていた。仲間への思いが渋野の闘争心に火を付けた。

最高の贈り物

 11月、シーズン最終戦前の「大王製紙エリエール・レディース」(松山市)。 賞金ランキング1位の鈴木愛は、ツアー史上初の4週連続優勝を狙っていた。シーズン序盤は鈴木の存在感に圧倒されたが、今は違う。
 「気持ちで負けないように」。自分を奮い立たせ、真正面から大きな壁に挑んだ。 激しく競り合った末に優勝が決まると、定由さんと涙を流しながら抱き合い、喜びを分かち合った。
 「こんなにも誰かのために勝ちたいと思ったのは初めて。最高の贈り物は優勝しかないと思っていた。 有言実行できてうれしい。最後の最後まで攻めの気持ちを忘れずにやれた」
 優勝だけを見据え、勝ち切った。青木コーチも、渋野の成長に思わず目を細めた。

憧れの人と一緒に

©BEN STANSALL / AFP

 2020年の目標は言うまでもなく、東京五輪への出場だ。渋野は小学生のころ、ソフトボールにも熱中していた。 北京五輪で熱投し、日本の金メダル獲得の原動力になったエースの上野由岐子は憧れの存在だ。
 「頑張れば、上野さんと一緒に出られるかもしれない」 全英オープンに優勝して世界ランキングが一気に上がり、東京五輪を意識するようになった。
 「東京五輪で金メダルを取るところを、上野さんに見てもらえるのって、めちゃくちゃ格好いいなと思う」
 渋野は屈託のない笑顔を見せながら、こう話したことがある。20年はオリンピック、21年は米ツアー挑戦、その先にある5大メジャー大会すべての制覇……。 始まったばかりのシンデレラ・ストーリーは、どこまでも続く。

©BEN STANSALL / AFP
©BEN STANSALL / AFP