goo ニュース

夢は 私を 離さない

goo ニュース

Daiya Seto

surging

勝利は「ごほうび」

競泳 瀬戸大也

 2018年夏からの大坂なおみ(日清食品)の1年半は、まるでジェットコースターのようだった。
 全米オープンで優勝。日本のテニス選手として史上初めてグランドスラム(四大大会)を制し、立て続けに全豪オープンでも頂点に。シングルスで世界ランキング1位の高みに立った。
 だが、それは苦しみの始まりでもあった。

頂点で感じた孤独

 「こんな終わり方ですみません(I`m sorry)。ただ試合を見てくれてありがとう。本当にありがとう」
 2018年9月8日夜、ニューヨークでの全米オープン女子シングルス決勝。 四大タイトル23個の“女王”セリーナ・ウィリアムズ(米国)との試合後、コート上でのインタビューで大坂が発した言葉だ。
 主審の判定に納得できなかったセリーナが激高し、ラケットをコートに叩きつけた。審判を「女性差別」とののしり、満員の観衆は女王を支持した。大坂は完全に蚊帳(かや)の外。 観客の視線はセリーナに集まった。
 憧れ続けた女王の振る舞い。見ないようにして集中力を保ち、勝利を手にした。 だが、祝福されるべき表彰式では孤独感が突き上げた。セリーナに一礼し「ありがとう」と話しかけた。涙目だった。場内のブーイングはやんだ。
 2019年1月の全豪オープン決勝では、ペトラ・クビトバ(チェコ)に競り勝った。アジアのテニス選手で初めて世界ランキング1位になる。
 だが、地位にふさわしいテニスを意識すればするほど、自分の中で何かが変わっていった。

伸びやかさ消え

 2月以降、ドバイから米国、欧州を転戦した。だが、勝てない。決勝どころかベスト4も遠い。 四大大会の全仏オープンは3回戦で敗れた。 ささいなミスまで気になる。天真らんまんさ、伸びやかさがいつのまにか消えた。 「日本では大阪に生まれた人はみな名前がオオサカなの」という得意のジョークもあまり出なくなった。
 英国に渡り芝コートで戦ったが、2回戦どまり。ウィンブルドン選手権ではとうとう初戦で姿を消した。
 敗れた後の記者会見。「数か月で世界的スーパースターになった。 その環境に慣れるのは難しいか」と聞かれ、気持ちをコントロールできなかった。 いつもユーモアを忘れず、多くの人に愛されるキャラクター。その大坂が、サンバイザーのつばで顔を隠し、逃げるように会見から去った。
 「帰っていいですか? 泣きそうだから」
 18年シーズンから「我慢」をさとし、精神的に支え続けたコーチのサーシャ・バイン氏とは、全豪オープン終了後に契約を打ち切っていた。新たなコーチとも半年でタッグを解消した。

ターニングポイント

©DON EMMERT / AFP

 19年8月の全米オープン。3回戦で15歳のホープ、コリ・ガウフ(米国)の挑戦を退けた。 コート上での勝利インタビューに、帰ろうとしていたガウフを呼び寄せた。
 「試合終了の握手をした時、(ガウフは)目に涙をためていた。シャワールームでひとりで泣くより、話をした方がいい。 応援に来てくれた人に何かを伝えてほしい――。本能的にそう思った」
 大坂の武器は、強烈なサーブと精度の高いストロークだ。 ビッグゲームで見せる集中力と粘り強さは勝負師そのもの。 その半面、敗者を思いやるやさしさを見せることもしばしばある。
 「胸を張っていいプレーをしたのだから、悲しい気持ちになってはいけない」
 スランプの中で孤独だった自分の姿を、ガウフに見たのかもしれない。 このシーンはSNSやテレビを通じ、世界に拡散した。 ロジャー・フェデラー(スイス)は「素晴らしい瞬間だった。2人の人間性がにじみ出ていた」とメッセージを送った。
 この試合がターニングポイントだったかもしれない。

アスリートの夢

新華社/共同通信イメージズ

  全米オープンは4回戦で敗れた。しかし、その後は吹っ切れたように快進撃を始めた。 19年秋は東レ・パンパシフィック(大阪)、中国オープン(北京)で立て続けに優勝。 シーズン最終戦は故障で途中棄権したが、輝きを取り戻した。
 「去年より泣きたいことが多かったけど、去年よりずっといい年だったように思う。たくさん勉強した一年だった」
 豊かな才能を持ちながら、荒波の中に消えていく選手はたくさんいる。 だが大坂は、ひと回り成長した姿をファンに見せた。
 「どのアスリートも夢に思っている。もしプレーできるなら、狙うのは金メダル。それを目標に頑張りたい」
 かつて、五輪に抱く思いをこう表現した。日米両国の国籍を持っていた大坂が、日本国籍を選んだことが10月に分かった。 新たなコーチとも契約した。ベルギー人のウィム・フィテッセ。同国のキム・クライシュテルスを指導し、グランドスラム3勝をサポートした人物だ。
 東京五輪のセンターコートを目指す。大坂の新たなチャレンジが始まった。

©KENZO TRIBOUILLARD / AFP