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Shohei Ono

Judo

「圧倒的」から「絶対的」へ

柔道 大野将平

「徹底的に闘い、圧倒的な強さで勝つ」。柔道男子73キロ級の大野将平(旭化成)はこう誓ってリオ五輪に挑み、頂点に立った。
 「『圧倒的』は終わった。今度は『絶対的』だ」。五輪2連覇が懸かる東京大会に、28歳の大野は臨む。 「リオまでと同じ山の登り方はしない。東京五輪には新たな登り方がある」

8割が一本勝ち

 日本武道館で行われた2019年夏の世界選手権。 天理大大学院での学業や休養などを挟み、15年以来3大会ぶりに大野は出場した。
 得意の大外刈りと内股で相手をたたき付け、関節技の腕ひしぎ十字固めで降参させる。 6試合連続一本勝ち。1試合平均2分強で終わらせた。表彰台の最も高いところで、涼しげな表情を浮かべた。
 日本男子の井上康生監督は「質も量も高い、日々の稽古で仕上がった柔道だ。 立ち技から寝技への移行も身に付け、あっさりと十字固めを決めた。彼はハイブリッド化している」と脱帽した。
 世界選手権は13年から計4回出場し、3度優勝。五輪、世界選手権を通算すると5大会で25勝。 このうち一本勝ちは21回と、8割を超えている。関係者によると、国際柔道連盟のビゼール会長は 「オオノは武器でもなければ倒せないぞ」と、冗談めかして語っているそうだ。

かっこよく投げろ

 2歳上の兄を追い、小学校卒業後に山口県から上京し柔道私塾の「講道学舎」に飛び込んだ。 恩師の持田治也師範からは連日、重量級との稽古を課された。体重60キロ台と細身の少年は 「その他大勢」の選手だったが、心根の強さがあった。体重が倍近くもある相手に何度返されても、大外刈りで挑み続けた。
 持田師範は道着をずらす組み手の駆け引きを許さなかった。 「脇の下を持って正面から向き合え。かっこよく投げろ。抜き上げろ」。 理不尽にも見えた稽古が精神力を鍛え、格闘家の本能を作り上げた。

「もう強くならんよ」

 ロシアのチェリャビンスクで開かれた14年の世界選手権。 大野は2連覇を確実視されていたが、4回戦で不覚を取る。 伏兵の韓国選手にわずか1分40秒、出足払いで一本負けを喫した。
 前年の9月に天理大での部内暴力問題に絡んだとして、全日本柔道連盟から処分を受けた。 世間の風当たりの強さを感じ、大会前から必要以上に気負っていた面があった。 稽古では限界ぎりぎりまで自分を追い込んだ。現地入り後も全身からかなりの緊迫感を発していた。
 敗れた一戦は、明らかに格下の相手を深追いし足元をすくわれた。失意のまま帰国した大野を、母校の天理大師範、細川伸二氏が諭す。
 「お前、もう強くならんよ」
 細川氏は1984年ロサンゼルス五輪男子60キロ級金メダリストだ。真意はどこにあったのか。
 「彼は日頃からガンガン追い込むタイプだし、重量級ともやり込むから、けがも重なる。 実力的にトップだから、もうガツガツやらなくてもいい。勝負はいかに試合当日にピークを合わせられるか。 バーンアウト(燃え尽き症候群)だけは避けたかった」
 大野は助言を信じた。「あの負けを当時は受け入れられなかった。 でも細川先生に言われて気が付いた。 稽古場の実力を出せば勝てる、ピークとコンディションだと。あの敗戦が非常に大きかった」

柔道の歴史の中に

©JACK GUEZ / AFP

 代表選手は環境の変化や、過熱する周囲の期待に向き合うのが宿命だ。
 「五輪は100パーセントのうち半分程度しか力を出せない可能性がある。 極端に言えば、10の力しか出せなくても、120の力を出してくる相手に勝てるほどの地力の差をつけておきたい」
 日本が誇る「世界の大野」。56年ぶりの東京五輪が近づいている。
 「柔道の歴史の中で、僕の階級では自分が最強だと言わしめたい。 覚悟をもって闘えば、結果は間違いなくついてくる」

©JACK GUEZ / AFP